信じるとは

信じていた人(こと)に裏切られる(た)という経験は誰にもあるのではないだろうか。

いやそう思いながらふと信じるとは何かと辞書を引いてみた。

信じる・・・「疑わない・信仰する、宗教を信じる」とあった。

さて、その反対の「裏切る」を引いてみたらその一つに「反対の結果になる」とあった。

信じると言う言葉には、自分の主体性がある。

しかし、裏切るは主体性というより受動的要素がある。

自分が今まで生きてきたみちを振り返ると「信じていたのに裏切られた」「信じられていたのに裏切った」の経験が交差する。

つまり、人との関係性の中で随分右往左往してきた自分に気づく。

そして、裏切られたと思う経験をすると、信じ(たい)る心が更に増すように思うこの頃である。