私のひとりごと一覧

「褒められるより、褒めている自分が成長する」

 人が集まっておしゃべりが始まるとどうしてもアンバランスになりがちだ。話好きな人はたくさんお話をする。しかし、悩み事を抱えていたり、自己否定感が高い人はつい聴き手にまわりがちになりやすい。そんな場面で話を振ってくれる人がいると場は一変して和やかになるものだ。人は雑談にしろ、自分の思いを話すことで気が晴れるのだ。

 ただ、そういったコミュニケーションにおいて、できるならば相手を思いやりお互いに情を通いあわす会話を心がけたい。人は褒められて嫌な人はいない。しかし、人から褒められるよりも、個性をもつ相手の素晴らしいところを見つけて褒めることを心がけられれば自分の成長にもなるのではないか。褒めることを通して、お互いに自己肯定感がもてる良好な人間関係が築けるはずだから・・・。

 

 


「耳を傾けて、互いを思い、支え合う大切さ」

 

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秋も深まり、実りの多い季節となった。果たして自分に実りはあるだろうか??

生き物の三大原則は「生む、食べる、死ぬ」であり、その原則に人間らしさを与えるのが「言葉」なのだとジャーナリストの見城美枝子さんは言う。ここ最近、LINEのやり取りで色々と考えさせられることがあった。離れた者同士でグループを作り、そのグループでのLINEメールによる出来事である。一人が自分の意見をグループに送るとその意見に対して反論が送られてくる。自分はそんなつもりで言葉にした訳ではないが、頭ごなしに攻められた。そして、それに同調する者がこぞって責め立てる。「違うよ!」「間違っているよ!」「そういうことじゃないのよ!」と真っ向から切り捨てられる。容赦は無いのだ。自分の思いを否定され意図する思いを読み取ってもらえない悲しさ、そうじゃないんだと内心思ってみても、違うように受け取られたショックは大きかった。よくよく思えば無意識の中で、そうなることは予感していた自分がいた。歪んだ関係だとお互いがお互いを素直に受け取れないことが起きるのである。しかし、お互いの話を促進的に耳を傾けて聴く。そして、本音でぶつかり合いお互いの関係性を深めていく。この行為が人間にはできるのである。

 私自身が邪な考えをもたずに、素直に、相手を思いやり、平和的関係性を大切に、自身が信頼してもらえるような人間でありたいと痛切に思ったこの頃であった。

 

 


「話すことは思いを放すこと」

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この頃は、顔の見えないコミュニケーションが浸透してきている。確かに私も気軽で便利なものだと思う。しかし、体と切り離された場所から声や文字だけが見えるというコミュニケーションだけでは、その能力は育たないことだ。それは、私自身がカウンセリングで、顔の表情や声のトーンなどから相手の見えない心が酌み取れるからだ。赤ちゃんはお母さんとのふれあいからコミュニケーション能力を高めていく。つまり、顔を突き合わせて会話をする。この行為が人間らしさを発揮できる場面である。人は皆思いをもって話す。そして、離したい思いを放つのだ。殺伐とした人間関係にならないように、これからも色々な方達と顔を突き合わせながら成長していきたいと思う。


パワフルな考え

仏教に、四苦八苦からは逃れられないという教えがある。

四苦は「生病老死」、八苦は、愛する人と別れる苦しみ、嫌な人と会わなくてはならない苦しみ、求めるものが得られない苦しみ、心身から生じる苦しみだという。

人は考える動物で、ついつい過去の失敗や将来の不安を考える。

そして、こういった苦しみから逃れられたなら幸福になれると思っている。

確かにそうであろうが、生きている限り、苦しみはなくならないし試練は次々と起き沸くのが常である。

しかし、ここで考えを変えてみるのだ。求め心を出さずに受け入れる生き方である。

過去は変えられないが考えは変えられる。

起き沸いたことを受け入れて、「まず何ができるのか」現実的に考えて行っていく。

また、起きてもない事への不安に駆られそうになったら、「考えても仕方ない」と心を楽にしてやる。

このようなパワフルな考えができたならば、きっと、全てが自分を成長させてくれるための経験なのだと「感謝」する自分に出合えるはずだ。

私は、これまでの人生で色々な経験をしてきた。

そのとき時を思い出す度に全てが繋がっている今を感じる。

偶然ではない必然がそこにはあったのだと感謝する今がある(合掌)。

パワフルな考え

 


自己概念と人間の成長

自己概念と人間の成長

人は、自分の思い描いている通りにことが運ぶときというのはとても気持ちがよいものだ。

たとえば、スポーツ選手が日々努力し思い通りの結果が出せた時、「やっぱりしてきたことは正解だ!」「自分はすごい!」と自分を受け入れられるだろう。

しかし、報道でも取り上げられた、ある国会議員のボイスレコーダーから流れる会話を聞くと、自分の思い通りに事が運ばないといって「おまえが悪いんだよ!」「なんでその道を行くんだ!違うだろう!はげー!」等と言いながらなにやら叩く音…そして、その報道の後は入院とやら??…

この一件からも伺えるように、思い通りに事が運ばないといっては人のせいにする(合理化)ことはないだろうか。

そして、この議員のように「こうあるべきだ」「こうあらねばならない」と自分は完璧な人間だと思い込んでいればいるほど、自分の失敗に、自分は許されないし認められない。

そうなると、外には出られなくなって人前から姿を隠す(抑圧)ようになる。

完璧だと思っていればいるほど、それだけ小さな小さな「枠の中」にいるということに気づいて欲しいと思う。

常に人生は挑戦だし、そこには必ず成長させてくれる学びがある。

色々な経験や人との出会いがどれだけ自分を豊かにしてくれるか!

成長させてもらえる事に「感謝の心」「謙虚な心」があればなぁと思うこの頃であった。