私のひとりごと一覧

春爛漫

桜の花が咲き乱れ春爛漫となった。

私は桜の花が大好きである。

人それぞれにこの桜の季節に思いを馳せる人も多いのではないだろうか。

17歳の春、私は北国を後にこの南国に移り住んだ。

そんな私は心失せて毎日過ごしていた。

しかし、北国では5月の連休が丁度見頃になる桜の花が3月の下旬から見ることができたのである。

そんな桜が私に心を和ませてくれたのである。

そして、この桜の花のように、咲いて和ませてくれるこの一瞬を大切に感じていこうと思ったものである。

今、人様と出会わせていただくご縁をとてもありがたく大切に感謝しながら一瞬一瞬を生かしてもらっている。

そんなことを今年咲く桜の花を見てまた振り返る自分である。春爛漫常に今を行きていこう。


ごきげんよう

私には大好きな恩師がいる。

その方はいつも別れ際に「ごきげんよう」と言葉がかえってくる。

その何とも言えない優しい声と思いが、私を包み込んでくれるのだ。

「ご機嫌よくお暮らしくださいね」と相手を思いやる心がこの言葉に含まれているのであろう。

ひとはとかく機嫌に左右される。

不機嫌な思いでいると、表情も態度も快活さを失い、人も近寄らせない雰囲気をつくってしまう。

そして、この言葉を思い出した時にふと我にかえって反省するのだ。

自分自身が機嫌に左右されてはいないかと・・・。

気分に左右されことなく安定した気分で、生かされている日々をおくっていきたいとふと思うこの頃である。


心と体

先日友人が手術を受けたことを聞きお見舞いに行って来た。

常日頃から、お互いの目標を伝え合い励まし合い共に希望を抱いてプラス思考で挫けず、何事もネガティブに捉えるのではなく全てを糧として歩んできた同志でもある。

そんな友がとんでもない病にかかったと聞いて、いかがなものかと聞いてみたのである。

本人曰く「確かにだるいだるいと思ってはいたが、頑張れるまだ頑張れる」と気力で乗り切ってきたという。

体は必ずサインを出してくれるのだということを自覚し今は体に聞いてから動くようにしているというのである。

確かに、体はサインを出してくれる。

そのサインを大切に自分の体と仲良くしていかなければならない。

無理をせず、いつも頑張ってくれる体に感謝して自分を大切に生き生きしたいと思う。


ことばの持つ力

近年、インターネットによるブログサイトやメールでのコミュニケーションが日常化している。

勿論世界どの国にいてもPCでの会議やビジネスは可能になり、世界の壁は低くなりグローバル化が進んだ。

各国のことばは違ってもつながり地球がひとつの国になったようなそんな感覚になる。

私もメールを使うひとりであるが、普段、カウンセリングではクライエントの心のことばを聴くことに全てを注いでいる。

顔の表情、ことばのトーン、しぐさなど全てがその人から発信されていることばとして受け止めている。

しかし、メールでは相手が見えない。

文字だけで相手を知ることには限界がある。

文字が表す一つのことばは、心のありようで受け取る側の思いはそれぞれ違ってくる。

しかし、送った側には知るよしもない訳である。

ことばは「言の葉」常にお互いの思いがそのことばの奥にある。

そのことを確認していかなければ、コミュニケーションができたとはいえないのである。

一つの「ことば」文章、文字の力は計り知れない。

相手を思いやり受け入れていることを伝えながら、良好な関係を築いていきたいし、いって欲しいと切に思う最近の私である。


新年を迎えて

2009年を迎えて、人間が作り上げてきたこの社会の様々な出来事を思い返すと、生きていくことへの希望を見出すことが難しくなっている時代になってきた なぁと思う。

しかし、そうした”今”に失望していても仕方がない。

我々人間も大きなところから覗いてみれば地球の中で生きる生物のひとつに他ならない。

そう思うと”今”というこの一瞬一瞬を精一杯生きることに力を注ぎたいと思うのである。

過去に反省し未来に希望を託して今できることをやっていこうと奮起するのである。

これからの時代がどうなるかはわからないし、思ってみてもひとりの力でどうなるか、またどうすることもできない。

ただ、自分は、自分にとって 前に進んでいける方向だけは見失わず、やれることをただやるだけである。

そういう心だけは豊かでいたいと思う。

今年もどんな出合いがあるのかなぁ・・楽しみである。