子の心親知らず

私は、思春期の子ども達と関わる機会が多い。

まさにアイデンティティの確立がなされる大事な時期である。

子ども達の大人(成人)というロールモデルの対象になる大きな存在は親である。

その存在を通して自我と向き合う場面である。

大人になるためには今までの人生の精算と課題に取りかかる。

生まれてからこの時期までに、親の愛情を感じて自我がしっかり成長できてきた子ども達は真っ正面から親と対決することができる。

そして、親もしっかり向き合ってひとりの人間として認め後押しする最大の応援団になるはずである。

しかし、親がひとりの人間として認めないまま支配のもとでいつまでも子どもとして扱いたいとなると問題が生じるのである。

「誰がお金を出して学校にいかしてやっていると思うの」「誰に食べさせてもらっていると思うの」「私の言うことを聞いていれば大丈夫、心配いらないのだから言うとおりにしなさい」「親の思っている範囲の大学を選びなさい。できないのなら就職でもしなさい。後はしらないから勝手にしなさい・・」等など・・・

そして、子ども達は私に言うのである「そんなに言われたらやっぱり言うことを聞かないと生きていけないし・・・」「親に育ててもらっているのは確かだし・・だから言うことを聞かないといけないと思うし・・」「有りがたいと思っているし・・・でも私を認めて欲しいし、自分のやりたいようにすることを認めて欲しい、私だって頑張っているし、親に迷惑かけたくないと思っているのに・・・」「わかってもらえない」と・・・私はこんな子ども達の声を聴くと心が痛くなる。

親を困らせようと思っている子ども達なんてひとりもない。

そして、親の愛などいらないと思うこども達もいるはずがない。

満たされない愛に飢えている。

引きこもって自分の心に蓋をする子ども達や非行に走る子ども達はそうやってサインをだす。

それに気づいて欲しい。

子ども達の純真無垢な心に気づいて欲しい。