私のひとりごと一覧

「好き」の力

水木しげるさんの「幸福の七か条」

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。

「自分が好きだったり楽しかったりやりたかったりしたことをするのが幸福につながる」のだと解釈する。中国の荘子の言葉に「道は通じて、一たり」がある。たくさんの道はあっても、最終目的は一つだということ。本質を見極めれば最終的には1つになる。        「くじけても自分なりに自分を信じて、自分らしいを感じられるプロセスが好きだ」    日々の一瞬一瞬がとても有意義で生きることに楽しさを感じている。感謝である。


「トラウマ」からの脱却

月日が過ぎて子どもから大人になってからでも、過去に言われた言葉や態度がきっかけで心に傷ついた場面が思い出されることがある。この経験をした人は、傷つきたくないために、辛かった経験を思い出す。それは「辛い」という感覚が必要だからである。逆に、「今」という現実を生きている時には、必要ではないことは思い出すことはない。

過去の辛かった経験をなかったことにはできないが、「今」を変えればそのような経験が必要でなくなる。

「今の自分を、周りにいる人は必要があれば援助してくれる!」と、そういう関係を築けるようになれれば、辛かった自分の過去をそのまま置き去りにして、今をしっかり見据えながら前を向いて生きていこう。

 


「捨てる覚悟」

”自分”を見つめる直すという作業は、自分を成長させてくれるひとつといえる。自分が納得できるように成長するというのは、自分なりに覚悟が伴う作業でもある。なぜなら、自分を変えることは何かを捨てる作業ともいえるからだ。捨てるメリット、デメリット・・・自分と対話しながらその作業を繰り返しすることで人は成長していくように思う。その背景には、「自分らしく生きたい」という思いがあるからではないか。


「我慢の意味」

5月は新緑が香り、萌える季節である。私の大好きな季節でもある。ところが、「5月病」と言われるくらいに憂鬱になる季節でもある。今までとは違う新しい環境に慣れ親しむのには、かなりのエネルギーを費やすのは確かであるし、察することができる。

生きていく中で、問題にぶち当たった時に、ポジティブに乗り越えられる人と内にこもり乗り越えられない人に分かれる。

内にこもるとは自分の中だけに収めて「一人我慢すればいい」と自分なりの解釈で耐え忍ぶというイメージである。しかし、ある本に「我、慢心す」と読み、仏教では、我慢はしていけないと説くとあった。その意味が、「傲りたかぶる心。自ら慢心して他を侮る心」にあるからだという。「私は完璧だ」とか「私は間違っていないのだ」など慢心してしまうことらしいが、いつの時代からか「まるで我慢することが美徳である」かのように使われ始めたとあった。

「自分だけ我慢したらいい」は見方を変えれば「思い上がり」と捉えられるのだ。

言うべきことは言わないといけないこともあるし、一人犠牲になっても何一つ解決しないのではないかと思う。良い季節だ。思い切って行動してみて新しい芽を咲かせることに意識を向けたいものだ。


“思いやりは心を耕すこと”

 何気なく言った言葉が、人を傷つけることがある。言葉というのは相手が受け取ったようにしか伝わらないからである。そういった意味でも、言葉というのはとても繊細でガラスのようなもの、言葉から受けた「心の傷」というのは見えないだけあってその大きさは測れない。

 逆に、自分が傷つくようなことを人に言われたら・・幾度となく経験を重ねてきた。そのたびに悲しい思いや悔しい思いなど色々な感情が湧いてきたものだ。しかし、今はそんな時、「知らず知らずのうちに自分が蒔いた種が育ち、大きくなって回りまわって今自分を傷つけている。それに気付けよ!」と、相手を恨むのではなく自分自身に目を向けて反省し心を落ち着かせる。言葉は自分の呼吸にのせて伝わる訳だからその時の感情がそのまま出てしまう。自身が心が穏やかでいることが肝心!「話はその人の写し絵」思いやりの気持ちをもって言葉を発することは、自分の心を耕すことだと再認識したこの頃である。