私のひとりごと一覧

「非認知能力」を育てよう!

「非認知能力」とは?

「学びに向かう力や姿勢」をいう。目標や意欲、趣味、関心をもち、粘り強く、仲間と協調して取り組む力や姿勢を育むことが重要だということである。

近年、日本だけではなく、世界中で研究が進みその重要性は認識されている。欧米では、幼児期の読み書きなどの知的教育の効果は一時的なものに過ぎず長続きしないことが明らかになり、認知能力の土台である非認知能力がクロ-ズアップされ、幼児期から小学校低学年に育成するのが効果的という研究成果も注目されている。

意欲や関心をもって粘り強く取り組むと自然に深く考えたり工夫したり創造したりして認知能力が高まる。その結果、達成感や充実感が得られ、「次も頑張ろう」と非認知能力が強化されるのである。こうしたサイクルを意識することで、認知能力と非認知能力は効果的に伸ばせるのである。

子ども達は、例えば段ボールや箱、紙パック、また泥や石、

花や草、落ち葉や木の枝などの素材を考えてなんでも遊びに取り入れたり、おもちゃにできる天才なのだ。そうした意欲や関心を認めながら褒めながら、子ども達との対話を通して、発想を豊かにしたり考えを深められたりできるように、大人側の私達がその担い手となり育んでいきたいものだ。


「スタートしなければゴールはない」

平成30年の幕開けだ。昨年は?・・・がむしゃらに生きてきたなぁと自分を振り返る。色々な思いをしたなぁ・と思いつつ・・・既に過去の記憶となっているしそこに戻ることはもうない。その経験で何を学んだかだ!今、これからどう生かしていくかなのだ。

何が起きようとも覚悟を決めている自分がある。起きたことは全てに意味があるはずだからだ!焦る必要などない。なるようになっていくからだ。そんな思いを胸に今年をスタートした。

 

 


「自分を愛せますか?」

私は、小さい頃クラスのお友達が他の子と仲良くしているのに嫉妬したことがあった。そして、その子が好きでずっとお友達でいたいのに、「あなたなんか嫌い」と手紙に書いたことがあった。「だめ!私以外の人に関心を向けないで!」と、相手の自由意志に挑戦して、相手を変えようとした。これが嫉妬の表れだ。自分を変えずに、相手の態度に期待する受け身の姿勢である。その心の裏には、自分には自信が持てない為、自分が安心できるかできないか、ただそれだけなのである。

自分が不安な人は、自分を愛せないし人も愛せない。だから、自分が安心するために相手の愛を自分が安心できるものに変えていこうとする。つまり、相手の期待に応えようと努めて、相手に求められたらそれに応じる関係が生まれる。だから、安心が得られないときは「嫉妬」となる。

自分を信頼し自分を愛せる人は、相手の自由な気持ちも同時に認めて受け入れられるはずだ。

私は、幼少期から親に愛されている安心を得るために、親にとって都合のよい自分を演じてきた。自分に自信がないから必死でまわりに気に入られることや勝ることだけに必死だった。

「本当は不幸であった自分」を知ることが、心を軽くするための第一歩なのだ。苦しさの奥にある「本当の自分」を発見して「愛すること」だ。そんな自分を愛しく思うこの頃である。

 


「自分の本心を曲げない生き方」

私達は生きていく上で、当然ながら自分を守ろうとする。しかし、それが自分の本心なら自分で納得して生きていける。しかし、本心を折り曲げながら、ねじ伏せながら生きていると勿論自分を褒められないばかりか、ふがいなさや無力感に押しつぶされて結局は自分自身を責めてしまうだろう。そうなると、自信喪失になり鬱状態に陥る。

本当の自分の気持ちを無理矢理折り曲げることは自分が自分である必要がないと言っているようものなのだ! ある人が言う「このまま親の言いなりになって一緒に暮らしているとダメになるのはわかっているんです。でもできないんです。早くこの病気が治ったら自立したいと思うのですが・・・」

ある人を失いたくないために自分を折り曲げることは、その人に対して自分の存在が意味を持たないと言ってるのと同じなのだ。自分をごまかして当然のように生きている。

本心で生きていないから、心の中に不具合が生じる。そして、心の中は怒りに変貌する。失いたくない人に怒りをぶつけられないから、都合の悪い怒りは抑圧されるのだ。そして、自分に返ってくるのだ。

自分を傷つける行為を続けていけば、当然、暗く重たい憂鬱な人生が待っているであろう。しかし、自分を愛する行為を続ければ、自ずと自分の存在を無条件に愛することができるだろう。そして、生き生きした力強い人生を送ることができるであろう。自分を傷つけて自信喪失にさせるのは自分であることに気づいて欲しいと思う。

 


「褒められるより、褒めている自分が成長する」

 人が集まっておしゃべりが始まるとどうしてもアンバランスになりがちだ。話好きな人はたくさんお話をする。しかし、悩み事を抱えていたり、自己否定感が高い人はつい聴き手にまわりがちになりやすい。そんな場面で話を振ってくれる人がいると場は一変して和やかになるものだ。人は雑談にしろ、自分の思いを話すことで気が晴れるのだ。

 ただ、そういったコミュニケーションにおいて、できるならば相手を思いやりお互いに情を通いあわす会話を心がけたい。人は褒められて嫌な人はいない。しかし、人から褒められるよりも、個性をもつ相手の素晴らしいところを見つけて褒めることを心がけられれば自分の成長にもなるのではないか。褒めることを通して、お互いに自己肯定感がもてる良好な人間関係が築けるはずだから・・・。