私のひとりごと一覧

このごろ……

このごろ、よく父が生きていたころの姿を思い出させてくれる人に出会う。

言葉数の少ない父だった。自分の生い立ちや幼少期のことについて一切話そうとしない父だったが、高齢になってから「小さい頃は成績が良かったから、先生がひいきしてくれたなぁ」と、また、孫である私の息子が少年野球を始めたことで口にしたのが「少年時代は野球をしていてピッチャーだった」と。

そして、母から聞いたのは、「父の母親は父を生んですぐ亡くなってしまって、親戚のおばさんからお乳をもらって大きくなったんだ」と。

戦前戦中戦後と波乱な時代を生きてきた父  

書棚に置いている父の写真はやさしく微笑んでいる。


「やった方がいいこと」

普段から自分で気になった言葉や記憶しておきたい言葉があるとメモするようにしている。

そして、見つけたメモの見出しが「やった方がいいこと」とあり、

①親孝行

②常識を疑う

③努力を継続する

④苦手なことは諦める

⑤嫌いな人に近づかない

⑥自分で自分を承認する

⑦見返りを期待せず人に与える

これをやると人生が楽しくなる。

と記してあった。なるほど確かにと読み返してうなずいた。

 

 


何が一番大事で何をしたいのか?

春になり、暖かい日差しを浴びながら新しい芽が育つように、人間界も新しい人間関係が始まる。

ある人からこんなことを聴いた。

組織を良くしていくために、お互いに意見の相違はあるが、お互いに譲り合いながら、たまには共感しながら、また相談しながら共に進むことが求められるのではないかと思っていたが、なかなか高圧的なものの言い方しかできない者とのチームとなると「協働」ということが難しく、ここ最近は、その人を思うだけで心臓がドキドキするのだという。

人というは、悩み苦しんでいる時が成長の時だ。

心の中はすでに、この高圧的な人に振り回されてしまっている。

その人と向き合うのではなく、自分の心と向き合わなければいけないのだ。

今自分にとって何が一番大事なんか?

そして、自分は何をしたいのか?

ただただ、それだけのために心を燃やそうではないか!

それが利他につながるのだから。

 


引き算の生き方から足し算の生き方に!

人によっては、完璧にきちんとしないと気がすまない人がいる。そのきちんとすることを100点として、常にその自分でいることが、当たり前であるという価値観で生きることは、足りなかったことやできなかったことを常に引き算しかない生き方になる。そうなるとどうも生きにくさを抱えながら生きることになってしまう。勿論できた自分を認めることはよいことである。しかし、満点でないことの方が日常ではないだろうか。足らない点を認めて、他の人の力を借りる。そして、助け合いながら共によい方向を目指せたらいい。自分も、人も、許容して窮屈と感じるものを手放していく。時には、0点の自分もあれば50点の自分や80点の時もあってよいのだ。それこそが自分を助けることになる。そして、自分を大切により豊かな自分を目指す足し算の生き方をすればよい。「いい加減」に生きていくことこそが自分も楽になれ、人も信じて生きていけるはすなのだ。楽に!楽に!


「マイナス感情を手放すには⁈」

嫌なことがあると気持ちが沈んで、それが頭から離れなくなって他人への怒りになったり、自分への失望や悩み続けたり・・・そんな「マイナス感情」について、「怒りや恨み、許せないといった感情やそれをなかなか忘れられない記憶力は、はるか昔に生存が有利になるように備わった本能である」とある本に書いてあった。

だから、「怒ること自体は決して悪くないし、人を許せない自分は心が狭い。人間として成長していないなどと、後ろめたく思う必要もない」と補足してある。

ただ、こんな感情ばかり抱いていては、人生楽しくないし健康的ではないのである。

最後に我々人間が獲得した「あらゆる感情をコントロールする力」を発揮して、今までの経験の中でどんな小さなことでもいい自分が獲得した成功体験を思い起こして、今これからの人生をポジティブに変える努力こそが健康的で楽しい人生を送るすべなのだと今一度振り返ったこの頃である。