私のひとりごと一覧

「人に頼る力」=「受援力」

困っていても苦しくても人に頼れないという方がいらっしゃいます。ルームにはほぼこの自分に苦しみ悩み、出口を見いだせずにおいでになられます。

どの世代でも悩みがない方などいないでしょう。大なり小なり日々なにかしら悩みながら過ごしています。どうして頼れないのでしょうか。それは心のバリアを張っているからです。私が30代の頃、与えられた業務は人に頼らずやりきることが認められることと自分なりのプライドを持ってやっていました。しかし、一人ではどうにも解決できない問題にぶつかり困り果てていたのです。悩みに悩み決断したことが、恥をかいてもいい、ダメな人間だ思われてもいいそうなのだからと自分に言い聞かせて、「助けてください」と上司にお願いしたことがありました。その後、ご配慮いただき助けてくれる方が周りにいてくれるようになりました。有難いという素直な気持ちが湧き、人様の思いやりにふれることができたこの出来事から、私は「人に頼る力」は大事だと痛感したのです。吉田穂波氏(神奈川県保健福祉大学教授)はこの力を「受援力」と表現されています。人に頼ることで自分も人も幸せになれる!おたがいの思いやりや喜びを引き出す受援力を身に付けて欲しいと思うこのごろです。

 


「行雲流水」~心の澱を浄化して、謙虚に生きる~

ある雑誌で美容家のいっこうさんが書かれたコラムの見出しです。

「行雲流水」これは禅語で、空行く雲や流れる水のように澱みなく、一定の形をもたず、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せることとあります。

 「欲」について、今回のコロナウィルスでそれぞれが思うことがあったのではないでしょうか。ある人はこの機会に断捨離をしたことでゴミが増えたとの報道もありました。色々なものを浄化するいいきっかけになったように思います。一寸先は何がおきるかわからないなかで、知らず知らずの間に心が澱んでしまうように思います。私自身が、自分を見失っている状態のクライエントのお話を聴かせていただきながら、「はっ」と、自分の心の変化に気づかせていただくことがあります。そういった意味でも、私自身が関わらせて頂くお陰様で、「浄化」させて頂いています。常に自分の心と向き合いながら、「全て」に感謝しながら常に己を律していきたいと思ったこの頃です。 


「辛抱」

新型コロナウィルスの影響で全世界が混乱にある。日本でも緊急事態宣言が出されるなど私達の生活も一変した。恐ろしいウイルスという目に見えないものと戦いは、ゴールも見えない。ただただ「辛抱」の毎日、ふと思う、これは天からの私達人間へのメッセージなのか。本当に大切なものを見落としてきた私たちへの気づきを促してくれているのだろうか。「辛抱」は一説には「心法」からという。「辛抱」とは、辛さをこらえ忍ぶこと、忍耐とあるが、「心法」とは、心を修める法、こころの修養、心がけ。転じてつとめはげむこととある。どう心を修めていくか問われているのである。「現実大肯定!」今、そして、これから、それぞれが何を学びどう生きていくかをしっかり考える時かもしれない。明けない夜はないのだから・・・。


「流されない自分の生き方を考える」

小さい頃から困っている誰かがいるとほっておけない自分がいた。また、自分が動くことで喜んでくれる人がいるのならと惜しまず全力を尽くした。そんな自分が好きだった。そして、17年前にふと自分の生き方に違和感を覚えることがあった。「これでいいのか」と自問自答しながら、このままでは本当にやりたいことや生きがいが見いだせないことに気がついた。

そして、今の生き方を選択して「よかった!」と自画自賛である。

そして、思う事は、何事も損か得かで決めていくことは自分の本質とは違うということ。助けたいし喜んでもらいたいと思う自分の本質を生かせた生き方こそが自分の中のやりがいになっているし嘘はない。それに、今はマイナスだと思っていたこともプラスに捉えられる。なんて素敵なんだろうか。人生の道において迷いが生じたら、周りに流されることなく自分にとって納得した方向にいくのがいちばんだと思うこの頃である。

 


「許すこと」

感情を理解できる人間にとってよいも悪いも、心を揺さぶられるのは確かである。このごろは「ハラスメント」について取り上げられることが多くなってきた。裏を返せば人より自分に意識が優先される時代になった。「こうあるべきだ」の自分が優先されないとなるとその矛先が人に向けられ争いになる。最悪の循環だ。相手を許すことができたならば、お互いの心に平和がもたらされるのではないだろうか・・・・どんなことが起きようとも許すことの愛を忘れずにいこうと思ったこの頃である。