私のひとりごと一覧

何が一番大事で何をしたいのか?

春になり、暖かい日差しを浴びながら新しい芽が育つように、人間界も新しい人間関係が始まる。

ある人からこんなことを聴いた。

組織を良くしていくために、お互いに意見の相違はあるが、お互いに譲り合いながら、たまには共感しながら、また相談しながら共に進むことが求められるのではないかと思っていたが、なかなか高圧的なものの言い方しかできない者とのチームとなると「協働」ということが難しく、ここ最近は、その人を思うだけで心臓がドキドキするのだという。

人というは、悩み苦しんでいる時が成長の時だ。

心の中はすでに、この高圧的な人に振り回されてしまっている。

その人と向き合うのではなく、自分の心と向き合わなければいけないのだ。

今自分にとって何が一番大事なんか?

そして、自分は何をしたいのか?

ただただ、それだけのために心を燃やそうではないか!

それが利他につながるのだから。

 


引き算の生き方から足し算の生き方に!

人によっては、完璧にきちんとしないと気がすまない人がいる。そのきちんとすることを100点として、常にその自分でいることが、当たり前であるという価値観で生きることは、足りなかったことやできなかったことを常に引き算しかない生き方になる。そうなるとどうも生きにくさを抱えながら生きることになってしまう。勿論できた自分を認めることはよいことである。しかし、満点でないことの方が日常ではないだろうか。足らない点を認めて、他の人の力を借りる。そして、助け合いながら共によい方向を目指せたらいい。自分も、人も、許容して窮屈と感じるものを手放していく。時には、0点の自分もあれば50点の自分や80点の時もあってよいのだ。それこそが自分を助けることになる。そして、自分を大切により豊かな自分を目指す足し算の生き方をすればよい。「いい加減」に生きていくことこそが自分も楽になれ、人も信じて生きていけるはすなのだ。楽に!楽に!


「マイナス感情を手放すには⁈」

嫌なことがあると気持ちが沈んで、それが頭から離れなくなって他人への怒りになったり、自分への失望や悩み続けたり・・・そんな「マイナス感情」について、「怒りや恨み、許せないといった感情やそれをなかなか忘れられない記憶力は、はるか昔に生存が有利になるように備わった本能である」とある本に書いてあった。

だから、「怒ること自体は決して悪くないし、人を許せない自分は心が狭い。人間として成長していないなどと、後ろめたく思う必要もない」と補足してある。

ただ、こんな感情ばかり抱いていては、人生楽しくないし健康的ではないのである。

最後に我々人間が獲得した「あらゆる感情をコントロールする力」を発揮して、今までの経験の中でどんな小さなことでもいい自分が獲得した成功体験を思い起こして、今これからの人生をポジティブに変える努力こそが健康的で楽しい人生を送るすべなのだと今一度振り返ったこの頃である。

 

 

 

 

 


「幸せに気づく」

 子どもの頃、近所に大きなお屋敷に住む内気で家に閉じこもり友達と遊ぶことができない幼馴染がいた。我が家は比べようもない程貧しい家庭だった。そんな二人だが、小学校卒業するまで、朝は必ず自分が迎えに行き、帰りもいつも一緒に帰った。それが当たり前だった。片道40分程ある田んぼのあぜ道をてくてくと二人で笑いながら、歌を歌いながら、道草をしながら帰ったものだ。子供心に、境遇のハードルは感じなかった。引っ込み思案で誰とも遊ぶことをしないこの幼馴染が、自分といる時は、とても明るくて楽しそうで、その様子がまた嬉しくて、自分もとても幸せで心は満たされていた。

境遇は違えど幸せを感じられる子だったこの頃の自分が愛おしく思える・・・

おばあちゃんと言われるようになった今、「幸せな子に育てる」ではなく「幸せを感じる子育て」をして欲しいと願う。すぐそばに幸せがあるから・・・気づいて!

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「言葉」と出会うことで人生が変わる⁉

たった一言で人をハッピーにすることがある。ふと立ち寄って手にした本から人生を変えることもある。ほんのひと言が、その一瞬で人の人生に大きく影響を及ぼす。勇気を与え、元気にさせ、自信を与える。

その反対もある。何気ない一言が、その人を不安にさせたり、失望させたりすることもある。この経験は少なからず誰しもがあるのではないだろうか。

振り返れば、私の人生に大きく影響をもたらしてくれた幼少期時代のご近所のおばさん、学生時代の担任や部活動の監督、共に汗と涙を流した先輩や仲間・・思い出すだけで力が湧いてくる。

ハッピーな言葉がどれだけ出せるだろうか・・・まず自分がハッピーであることに気づくことからスタばそれはそれで有難いことだと、東京2020オリンピックを観戦して感じるこの頃である。