”死ぬことは生きている人の中で生きること”

60歳をすぎて「死」について考えるようになった。体力も気力も年相応に衰えるものだと感じるようにもなった。頑張りたいしハツラルとしていたい!がそうもいかない。終わりがある。生き方について考えてきたが終わり方を考えさせられるこの頃・・・

何かを求めながら、思いながら歩んできて、そのために命をすり減らして歩んでいる。

今、支えてもらった人を思いながら、支えになっている人を思いながら、支えたい人を思いながら、自分がその人達の心の中に生きられるものを埋めていきたい。

こんにちは, 握手, 友情, 青年


「レジリエンスプログラムファシリテーター養成講座」東京で開催決定!!

認知行動療法に基づいた16歳以上大人版のプログラム「レジリエンスプログラム」は、なかなか人と関わることが苦手とか自己肯定感が低い方、困難に遭遇するとついめげてしまいがちな方などに対して、「社会的スキル」「マインドフルネス(今の自分に向き合う)」「自己肯定感」「情緒性」「レジリエンス(困難に対処する力)」を育むプログラムになっています。

プログラムは4~6回で行うもので、このプログラムを行っていただける方を養成します。

人と関わることが苦手な方が増えている今の社会では、これから求められるプログラムになっています。是非その担い手になって頂きたいです。

11月3日(土)・4日(日)に東京で開催します!

詳細は後日掲載します。

 

 



預かった感謝 渡しながら 優しく生きれるよ♪

私の大好きな遊助君のアルバムに「ばーちゃんの背中と僕の足」がある。

”預かったこの命の意味も価値も全部探すよ

預かった 感謝 渡しながら 優しく生きれるよ”

と最後で終わる。

まさに今自分は生かされていることに気づく。亡くなった母方のおばあちゃんは明治生まれでいつも着物を着て、髪の毛は束ねてかんざしをつけていた。息子家族と共に暮らしながら孫の面倒をみていた。そして、毎朝仏壇に毎日の無事を感謝の思いを伝えていた。

そんなおばあちゃんの後ろ姿を見ながら、おばあちゃんと一緒に近くの神社の境内に集まる鳩にえさをやりながら小さい姪っ子の面倒をみるのが好きだった。

優しくて、忍耐強くて、周りの人達への気配りと思いやりのある人だった。

この詩を読んだときに若い遊助君がこんなに感じ取れるんだなぁと教えられた。

自分も命ある限り、預かった感謝をひとりでも多くの方々に渡しながら生きたいと思った。


「好き」と「楽しい」がもたらす人生の「生きがい」

小さい頃、とにかく外で遊ぶことが大好きだった。それも大勢で缶蹴り、かくれんぼ、陣地取り砂遊び、宝島・・等々思い出すだけで「ふふふ・・」笑みがこぼれる。

自分も皆んなも楽しく思えて、そして皆んなで遊べることを提案して楽しんだものだ。楽しいから、次々と案が浮んでくる。「よし、今度はこんな一工夫をこしらえてやってみよう」みんなが笑ったりして喜んでいる姿がとても嬉しかった。そして、それが子ども心に生きがいになっていたように思う。

今でも、そんな光景を思い出すたびに、今の私の天職である「カウンセラー」が今は生きがいとなっている。この根底には、幼少期の「好き」と「楽しい」と思えたあのころの自分があったからなのだろうとうなずくのである。確かに生きる力になっている。感謝